文京区本郷という「魔界」


1994年撮影のニイミ書房。いつの間にか取り壊され、今は弁当屋さんに建て替えられた


 東京都文京区本郷。この地域には特別な思い入れがある。なぜなら、卒業した高校があり、予備校があり、バイト先があり、出入りしていた編集部があり、そして僕が「看板建築」と出逢った場所でもある。

 このブログの「はじめに」で書いた『看板建築』という本と出逢った美術家のアトリエは本郷にあり、その家がのちに出入りすることになる編集部の建物として使われることになったのも偶然とはいえ不思議な感じだ。その頃、面接がたまたま受かったバイト先が本郷にあったレストランだったし、看板建築に関心を持ったのも本郷の大横丁通りという商店街の薬局の建物だった。当時の僕にとって、本郷はいわゆる「パワースポット」あるいは現実離れした四次元の“魔界”だったのかもしれない。本郷は先の大戦で被害が少なかったため、戦前の建物や路地が多く残っている地域だ。だから、昔から土地に住む「地霊」が、不思議な力を与えているのだと思う。

 そんな縁の深い本郷には思い入れのある建物がいくつもある。東大正門の対面にあった街の小さな本屋「ニイミ書房」に古書店の「大学堂書店」、大横丁通りの「百貨せきぐち」「化粧品カサイ」…これらの建物はここ十数年のうちに姿を消してしまった。とくにニイミ書房の建物は奇抜なデザインで、赤いファサード*1が印象的だった。まさしく本郷という“魔界”の神殿のようで、取り壊されてしまったことが今でも悔やまれる。



1994年撮影の大学堂書店。三味線屋さん「小川楽器店」との二軒長屋だった。



1994年撮影の百貨せきぐち。街の小さなディスカウントショップで、販売品目を壁に貼っていた跡が残っていた。



1995年撮影のラーメン堀内。丸窓の跡や不規則な造形などはダダイスム*2の影響をうかがわせる。

*1:建築物の正面デザインのこと

*2:1910年代半ばに起こった芸術運動の一つ。既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を大きな特徴とする。wikipedia:ダダイスム